2010年05月13日
住民移転をタブー視する、基地反対派
基地移設より、住民移転という方法が、なぜ、政府やマスコミに広がらないかを
不思議に思っているのだが、その住民移転というのが、沖縄の新聞ではタブー視されている感がある。
それは、平野官房長官が住民移転の案を例示として出したら、沖縄タイムスが異常な反応をしていることで推論できる。
政権認識に失望 普天間住民移転発言 沖縄タイムス2009/12/10
「例え話だとしても口にすべきではない」「あまりに認識が低すぎる」―。米軍基地をめぐる沖縄の負担軽減策の一例として、平野博文官房長官が普天間飛行場周辺の住民移転を挙げたことについて、関係者は一斉に反発した。移設問題に関する日米間の駆け引きが加速し、今後も沖縄が基地との共存を強いられるのか命運が掛かる重大な局面。“荒唐無稽(こうとうむけい)”にも映る平野長官の発言は、県民の感情を逆なでにした。
普天間爆音訴訟団事務局長の高橋年男さんは「ここに人間が暮らしているという現実をあまりにも軽く考えている。沖縄戦で土地や家を奪われた人々から、またも住む所を奪うのか。まるで別世界の人間の発言としか思えない」と批判。「新政権には期待していたのにがっかり。言葉もない」と失望感をあらわにした。
普天間飛行場滑走路の延長線上にある宜野湾市上大謝名自治会の大城ちえ子会長も「住民はずっと騒音に苦しんで生活してきた。国は何も解決してこなかったのに、住民に出て行けというのはあまりにも無責任な発言だ」と怒りをにじませた。
「例に挙げること自体が県民に対して失礼で、まったく理解できない。沖縄のことを何も知らないのではないのかと疑いたくなる」と話すのは、米軍ヘリが墜落した沖縄国際大学の照屋寛之教授。「安保のために昔からある地域社会を破壊することなど許されるはずがない。県外移転を真剣に考えるべきだ」と糾弾した。
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この沖縄タイムスの記事で明らかにされた点に反論を述べよう。
「ここに人間が暮らしているという現実をあまりにも軽く考えている。沖縄戦で土地や家を奪われた人々から、またも住む所を奪うのか。まるで別世界の人間の発言としか思えない」。
「沖縄戦で土地や家を奪われた」という形容は言いすぎだろう。奪われたのではなく、普天間基地として貸しているのである。莫大な軍用地料をもらっているはずである。無論、契約したつもりは無い、あくまで不当占拠だと言い張ることは可能であるが、そのような主張は多くの人の納得を得られないだろう。
「またも住む所を奪うのか」これもおかしい。住む所を奪うのではない。住む場所を変えるのである。
例えば、「自分の家のそばに国道があり、騒音がひどい」という理由で、「道路を封鎖して、車が通行できなくする」とか「別の迂回路を作るか」という主張を認める訳にはいかないだろう。普通は、立退き補償、つまり住民移転となり、差し止めが認められないのが当たり前である。
「まるで別世界の人間の発言としか思えない」危険や騒音があるから、転居を勧める。そういう行いが、何故、このような非難を受けるのか。理解に苦しむ。転居など論外で、基地を撤去することだけを認めよというわがままこそ、何様のおつもりかと感じてしまう。耐え難い被害だとを主張する人の隣で、その被害を了承して転入してきた人も多くいるのである。
「住民はずっと騒音に苦しんで生活してきた。国は何も解決してこなかったのに、住民に出て行けというのはあまりにも無責任な発言だ」
先に述べたように、8割の住民は騒音があることを承知で、転入してきた。騒音よりも、そこに住む利便性の良さを選んだのではないか。
全く予想されない騒音被害を蒙った訳ではない。本土でも、国道沿いや鉄道線路沿いに住む住民は被害を受けている。多くの場合、その被害があっても移転補償まで認められるのは稀である。産業という便益のためには、ある程度の騒音や危険は避けられない。その暗黙の了解がなければ、社会生活が成り立たない。
「住民に出て行けというのは..」この言葉に、「本当は出て行きたくない」という願望が潜んでいると思われる。
本当に、危険で騒音がひどく、一刻も早く逃れたいという心理状態なら、「出て行かされる」とは感じないだろう。
つまり、本当に逃げ出したいほど被害を感じている人は「こんな騒音のひどい所に、閉じ込めておいて、国は何も解決してこなかった。早く、ここから出してほしい」となるはずだろう。つまり転居したいという願望になると思う。
「本当は出て行きたくない」という願望があるのは、ここに住むことに、既に、多くのメリットを感じているからであろう。
それは、裏を返せば、騒音や危険が有っても、ここでの生活を全否定するような大きいマイナスではないという気持ちの表れだと思う。
この実感を裏付ける、高校生の気持ちを表しているのがここ。
つまり、「そんなに大きな被害とは感じていない、つまり転居するほどの被害ではない。でも、騒音はいやなので、無くして欲しい。」という本音が表れていないか。
無論、住民の気持ちや被害感情などは、本人でしか分からない。他人が我慢できるレベルでも、自分には我慢できないと感じるかもしれない。だからこそ、移転希望の有無を直接、確かめて、個々に対応できる方法こそが望ましいのである。
基地撤去を望む人、自分が転居するだけで良いとする人、あるいは少しの慰謝料が有れば現状でもかまわないという人までいろいろと違うかもしれない。それぞれの方法にどのような長所と短所があるかを説明資料を見ながら判断して、個々人の希望を集約することこそ、合理的で民主的な方法ではないか。特定の政治主義に基づいた団体が、目立つデモを行い、その団体だけの主張で決定されるというのは、民主主義の欺瞞であろう。
「例に挙げること自体が県民に対して失礼で、まったく理解できない。沖縄のことを何も知らないのではないのかと疑いたくなる」
この照屋教授にお聞きしたい。私は県民だが、【例を挙げること自体】がなぜ失礼なのかまったく理解できない。県民の間に、住民移転について聞いてはいけないという、そんな慣習なり合意があるのだろうか。
そんな、慣習なり合意は何時、どこで、誰を対象に、どのように決まったのであろうか。
「そんなことも知らないのか」と声を荒げることこそ、その相手に大変、失礼だろう。沖縄の将来を決める大事な問題である。沖縄のことを知らない人には親切にお教えするのが、守礼の邦の民としてわきまえる礼儀だと思う。
「安保のために昔からある地域社会を破壊することなど許されるはずがない。県外移転を真剣に考えるべきだ」
この脈絡もおかしいだろう。
どうして「安保」が出てくるのか、移転は「危険除去」のため行うのである。安保条約が危険を一方的に作りだすのであれば、論理的に安保を無くせば、危険も無くすことになるが、安保は立場が違う人には「危険ではなく安全を作り出すのである。この文脈では「危険除去」のために地域社会を破壊することなど許されない。としたら、あまりに論理破綻なので、危険除去を安保にすり変えている。危険除去の方法として、住民移転と県外移設のどちらが良いかを比較して決めれば良いのであって、それを比較されたら困るから、こういう文になったのであろう。詭弁を用いず、素直に、住民が危険と感じ、転居が良いと考えれば、それに応じるべきである。それが、民主主義の原則である。
「昔からある地域社会を破壊する」
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宜野湾市人口推移 総数---世帯数
昭和15年国調(1940年)12,825 ---2,896
昭和25年国調(1950年) 15,930 ---3,488
昭和30年国調(1955年) 24,328 ---5,363
昭和35年国調(1960年) 29,501 ---7,680
昭和40年国調(1965年) 34,573 ---8,269
昭和45年国調(1970年) 39,390 ---9,341
昭和50年国調(1975年) 53,835 ---13,967
昭和55年国調(1980年) 62,549 ---17,619
昭和60年国調(1985年) 69,206 ---20,929
平成 2年国調(1990年) 75,905 ---24,467
平成 7年国調(1995年) 82,862 ---28,109
平成12年国調(2000年) 86,744 ---31,942
平成17年国調(2005年) 89,769 ---34,738
普天間基地が出来たのは1945年です。
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上の宜野湾市の人口推移を見ると、基地が無い時には、人口は15000人以下だったはずである。
今の人口9万人の17%にすぎない。17%の子や孫の自然増加率を沖縄平均0.68%で調整すると18.2%になる。残りの81%は基地ができてから転入してきた。
つまり、8割以上の人にとって、「昔からある地域社会」というのは、まさに基地がある地域社会だった。
むしろ、昔からあった基地を撤去することこそ、「昔からある地域社会」を破壊することになるのである。
そもそも、基地ができる前はいも畑に過ぎなかったのである。その昔の土地に戻せというなら、
跡地開発で市街地になる計画などにも絶対反対なのだろうか?。
もし、基地に徴収されず、いも畑のままだったとしたら、その土地に住んでいられただろうか。
他の島の例をみると産業のない島では、働き口を求めて、どんどん過疎化している。
むしろ、軍用地となったことで、いも畑では得られない莫大な収入を得たではないか。
「基地に先祖代々の土地を取られた被害者」などというのは客観的な判断と言えるだろうか。
このような論理展開をする照屋教授(沖国大、副学長、法学部)は 基地撤去派の論客で、多くの基地反対派の集会にも担ぎ出されている。
このような、一方的な判断をするのは、同僚にも共通しているので、ついでに紹介しよう。
沖国大学長の富川盛武経済学部教授は、『機会損失 自立の足かせ』 で基地があることで、交通が遮断され、都市計画にも支障があり、本来発展するはずだった機会を損失したと新聞などで、述べているが、経済学者としての資質を疑う。
それが正しいとするなら、基地がなく機会損失しなかった他の島が、沖縄以上の経済発展をしているはずである。
まったく、逆なのである。基地があったが故に、その基地の雇用効果で人が集積し、市街地が形成され、基地以外の産業を呼び寄せる機会を与えてきた。それが、他の島の4倍以上も人口が増えた理由である。
交通が遮断されていると感じるのは、基地による発展のため、民家も増え、道路が入り組むほど拡張できた結果なのである。産業もない地方の田舎などでは、交通遮断どころか、道すら無い。
学者も学者だが、新聞も新聞である。一体、このようなデタラメを載せて恥じないのだろうか。
なお、両氏、及び琉球新報が自分の名誉を回復したいのなら、遠慮なく反論コメントをお待ちする。
------ 沖縄が他の島と比べて4倍以上も人口が増えているデータ----
以下は面積が大きい他の島との比較です。
島名、面積、実人口(年)、人口比率(沖縄本島並みの面積だとしたら、何%の人口になるか。)を列記します。
沖縄本島(沖縄県) 1206.49 km2 1,246,436人(2005年) 100%
佐渡島(新潟県) 854.29 km2 63,328人(2009年) 7.18%
奄美大島(鹿児島県) 712.35 km2 65,666人(2010年) 8.92%
対馬(長崎県) 696.29 km2 34,116人(2010年) 4.74%
淡路島(兵庫県) 592.17 km2 143,774人(2010年) 23.50%
下島(熊本県) 574.01 km2 89,441人(2005年) 15.08%
屋久島(鹿児島県) 504.88 km2 13,761人(2005年) 2.64%
種子島(鹿児島県) 444.99 km2 31,657人(2010年) 6.89%
途方もなく、沖縄の人口が多いことが分かります。(4倍~38倍)
なお、念のため四国4県も島に見立てて、計算すると、沖縄は四国の5倍程度の人口となります。
四国(徳島,香川,愛媛,高知)18806km2 4,086,457(2005年) 21.03%
しかも、沖縄以外の他の島は全て、戦後から一貫して人口が減少していますが、沖縄だけ2.75倍に増加しています。
例えば、佐渡島はピーク時の1950年の125000人が現在63328人に減少しました。
淡路島は1950年の22.6万人が現在14.4万人に減少しています。
四国は戦後60年、人口は横ばいです。
Posted by 基地共存推進会 at 05:23│Comments(2)
│基地移設より、住民移転を
この記事へのコメント
>四国は戦後60年、人口は横ばいです。
そりゃ
人口推移が
27位・40位・44位・45位じゃそんなもんでしょう
ほかに探せば戦前比で2倍程度の人口増なんて結構あるのに
四国のような低い水準の地方を選んだのか不思議です。
青森とか滋賀とかも似たような感じじゃないかな。
そりゃ
人口推移が
27位・40位・44位・45位じゃそんなもんでしょう
ほかに探せば戦前比で2倍程度の人口増なんて結構あるのに
四国のような低い水準の地方を選んだのか不思議です。
青森とか滋賀とかも似たような感じじゃないかな。
Posted by とおりすがり at 2011年02月09日 22:42
>四国のような低い水準の地方を選んだのか不思議です。
本文に書いてあるように離島の比較だから。
本文に書いてあるように離島の比較だから。
Posted by 通りすがりん at 2012年10月23日 09:33
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